Open Letter

上北沢駅にほど近い住宅街にあるアートギャラリー「Open  Letter」。営業は週末のみ。オーナーは山内 真さんと佳子さん。一軒家を改装した自宅兼ギャラリーというスタイルで、オープンしてからして丸2年半。自由に手を加えられる物件を探して、改装は主に自分たちでやったという。そうやってできたこの空間は、アートと出会う場所にしてはかなりユニークであまり他では見ない形態だ。そこに何か面白いストーリーがありそうで、話を聞いてみた。(前編)

Text_Chiharu Masukawa. Photo_Open Letter.

真君とは15年来の顔見知りで、最初に会った時も彼は自宅をギャラリースペースにしていた。私にとっては、「住んでいる家でギャラリーをやる」というアイデア自体が斬新すぎるものだったから、そんな発想がどこからやってきたのかが気になっていた。だから今回ちょっと改まって申し込んだこのインタビューでは、ギャラリーができるまでの経緯についての話を最初に聞くことに。

きっかけはNYで暮らしていた頃のことだと、真君は話を始めた。日本の大学を卒業した後にNYへ留学し、キュレーターになるために美術史や博物館学を学んでいたという。

「ある日、友人が『ライブがあるから行かない?』って誘いがあって。ついて行ったら、到着したのはブルックリンの寂れたエリアにあるアパート。その、誰かが住む一室のリビングが会場だった(笑)。家具をよけてアンプを置いて、そこが即席のステージという感じだったんだ。屋上にはホースがつながったビールのケグがいくつも転がってて、みんな好き勝手飲んでて。終始はちゃめちゃな感じだったけど、そのライブの様子を見ながら、『ああ、こういうやり方もあるんだ。良いなぁ』と思ったんだよね」

日本ではなかなか出合わない出来事だけど、ニューヨークでは自宅がギャラリーやイベントスペースになるというのはそれほど珍しいことじゃなかったという。

「イーストビレッジにあった『Little Cakes』というギャラリーも、印象に残っている場所。カップルがやっていた自宅兼アートスペースで、彼女たちの周りのアーティストやコミュニティを紹介するような展示が多かったと思う。その、親密な雰囲気やDIY的なやり方が好きだなと思ったんだ。それで、自分が場所を作るならそういう要素を取り入れたいと思うようになっていったんだよね」

その後2006年に、日本へ帰国。キュレーターの夢には縁がなかったと言い、現実的な生活のために職を探した。アート事業会社への勤務などを経て、最終的には友人の誘いで広告プロダクションに就職。その後、当時住んでいたアパートを限定的に開放する形をとったギャラリースペース「waitingroom」(現WAITINGROOM)を2009年に開始。

「これが僕にとって最初のギャラリースペース運営で、とりあえずやってみようと勢いでスタートした感じ。その後僕はここを離れ、3年くらいブランクができるんだけど、いつかまた自分でギャラリーをやろうという気持ちはあって、時間を見つけては物件を探してみていた。それで渋谷・桜ヶ丘にあった曜日貸しのスペースでやってみたり、ギャラリストの知人に誘っていただいて『アーツ千代田 3331』の 一部屋で運営してみたりという期間を経て、落ち着いたのが今の一軒家を使った住まい兼ギャラリーというやり方なんだ」

さまざまな場所や、違う形態でギャラリーを運営していた時期が、彼ら自身のヴィジョンをより明確にしていったようだ。

「僕らはやっぱり、より親密な感じでギャラリーがやりたいという思いが強くて。それも、生活の場と直結しているくらいの親密さ。それはなぜなら、実生活の中にあるアートを見てほしいと考えていたから。いわゆるホワイトキューブと呼ばれるギャラリー空間とは印象がまた違う、誰かが(この場合は僕たち)リアルに生活している日常のシーンの中で展示をつくってみたいという思いがあった。

あとは、私生活とパブリックの間みたいな場所にしたいと思っていて。というのも、今はどこもかしこも一見オープンなようだけど個室化が進んでいる感じがあって、それはコンテンツや商品を特定のお客さんにつないだり、"価値付け作業"をするには合理的かもしれない。だけど、僕らはそうじゃなくて、様々なものがゆらぎながら変化したり、予想外のことが起こったり、そうしたものが積み重なっていく日常という場で、作家さんと企画したりお客さんに展示を提示したかった。空間の雰囲気も、言ってしまえばちょっと頑張れば誰にでもできそうなくらい庶民的なのがイメージとしてあった。アマチュアの延長線上にあるというか、プロっぽさがない感じというか。とにかく、洗練されていたり、お金がかかってそうな特別な場所にはしたくなかった。だから、今の古い一軒家は理想的だったんだ」

アートギャラリーと聞いてイメージする空間とは全く違う一軒家のスペースは、ここからできあがっていく。それも、ほぼ自分たちの手で。真君は「ここはコマーシャルギャラリーというよりもプロジェクトスペースという立ち位置に近いかな」とも言っていた。アートに出会う場にも、いろんなバリエーションが出てきている。以前、そんな話を聞いたことがあったのを思い出した。主宰者のセンスや視点を盛り込んだインディペンデントなスペースは、ひと味違うアングルからアートを楽しむことができる場所。セオリーにとらわれず、自分の感じ方で味わう楽しみを広げてくれるように思う。

…というわけで、後編ではDIYの内装作りについて話を伺うことにした。それにプラスして、週末にここを運営して平日は別の仕事をするという彼らのライフスタイルについても。


Open Letter_ 〒168-0073 東京都杉並区下高井戸5-3-17 ※土日のみ営業 openletter.jp IG: open_letter_gallery

Author: 増川千春_ライター。1980年、山形県出身。女性誌やウェブメディア、企業媒体の原稿作成を行う。時々、企画立案も。


→ 次回は2月下旬〜3月中旬UP予定です。


Next
Next

テーブルに旅の記憶を