軽さの獲得について -2-
人との出会いから生まれた対話、そこから出てきた新しい展開。DIALOGUEと銘打ったプロジェクトが始まり、少しずつ動き出す。第2回は、そのプロセスから自身の内なる決断までのエピソード。
(全3話。第1回はこちら)
Text&Photo_Yusuke Osawa.
DIALOGUEは、次第に自分たちの活動指針を探るフェーズに移っていった。ただの雑談から、少しずつ“どうありたいか”という姿勢が現れてくる。そこで出てきた言葉たちは、こんなものだった。
「グレーのグラデーションのなかで探る最適解」
「思考を漂わせる」
「矛盾を楽しむ」
定義するのではなく、定義しきらないまま考え続ける。タトゥーを入れるなら、昔から「矛盾」がいいなと思っていた。矛盾している状態を積極的に面白がることが、自分らしさのひとつだと自負していて、その言葉にずっと惹かれていた。答えのなさを抱いて、ずっと立ち続ける姿勢。
3人で対話を重ねていくうちに、それぞれの「似ているところ」と「違うところ」が、だんだんと見えてきた。村上さんもしんちゃんも、未来を思考するのが得意なタイプで、自分はどちらかというとアーカイブ欲に偏った感覚を持っている。蓄積して、記録して、読み直す。そういうスタイル。その違いは、さまざまなかたちで現れていた。王道のモダン好きvs染み付いたポストモダン的思考、クリティカルな視点vs楽観主義、記号嫌いvs記号を逆手にとって遊ぶ感覚、主観派vs客観派。でも、それは単なる二項対立ではなかった。それぞれが交互に強さを発揮したり、脆さを見せたりしながら、じゃんけんのサインのように、関係性として円環していく。グーとチョキとパーに“正解”がないように、この関係にも上下や正誤はない。DIALOGUEは、“正しさ”を生み出す場ではなく、答えを出さずに考え続けることそのものを肯定する、実験のような場だった。
会社をつくる、という話が具体化してきたとき、不安が生まれた。その不安は、資金のことでも、企画の実現可能性でもなかった。いちばん大きかったのは20年以上をともにしてきた編集制作会社のボスに、どう伝えるか。いまの世の中は副業を推奨する方向に進んできている。山口周さんのnoteにも、そんなことが書かれていた。でも、自分のいる現場にその時流は届いているだろうか。もし、伝えたときに「そんなにやりたいなら独立したら?」なんて言われたらどうしよう。そう考えてしまう自分がいた。この活動が「軽さ」を持ち続けるためには、信頼という土台を損なわないことが絶対に必要だった。プロダクトのために会社をつくるといっても、いきなり利益を生むようなものではない。むしろ、自腹を切りながら、時間と手間をかけて育てていくものだ。だからこそ、“仕事”としてはっきり説明できないもどかしさもあった。目処が立つまで黙っておくという選択肢も、ふと頭をよぎった。
そんなふうに思考が行ったり来たりしていたある日、友人家族と尾瀬にキャンプに出かけた。昼下がり、テントの外でひとり、アウトドアチェアに座り、光に揺れる葉影をぼんやり眺める時間。ふと、ここ半年の流れがコマ送りのように頭のなかで再生されはじめる。DIALOGUEが始まり、思考を記録し、プロダクトの兆しが生まれ、偏愛が動き出した。自分のなかの「やりたかったけど諦めていたこと」に、少しずつ光が射してきた。それらがすべて静かに繋がっていき、そして最後に、はっきりと心がきまった。「やっぱり、言おう」。
メールを書くときは、正直すごく怖かった。何をどう伝えればいいのか、迷いに迷いながら、思い切って送信ボタンを押した。「とうとう送ってしまった」。身体の奥が固まるような感覚がある。けれど、返事は思ったより早く届いた。その返信のなかで「やってみたら。その挑戦を良い影響として還元してください」という言葉をもらった。読んだとき、空気が軽くなった。それは、「許された」というより、「信頼された」という感覚に近い。その信頼に、応えたいと思った。
2023年9月、anewという会社が生まれる。「再び、新たなかたちで」を意味する英語の副詞。誰もが読める綴りだけど、単語自体としてはあまり馴染みがないところが気に入った。
ファーストプロダクトは紆余曲折があったなかで、村上さんの盟友であり、その作品が多くの人々を惹きつけてやまないアキヒロジンさんのjincupを、生分解性のバイオプラスチックで作り直すというプロジェクトに決まった。木を削ってつくる器を、いったん素材から“ゼロ”に戻し、プラスチックで、しかも土に還る形で再構築する。右も左もわからない完全に未知の領域。まずは京都の大学で専門的に研究されている先生にアポイントを取り、生分解性プラスチックの現在地点を教わるところからスタートした。そこから高分子学会エコマテリアル研究会を聴講し、専門企業のバイオマス部門とも繋がった。素材の選定、加工の方法、金型の製作……すべてが手探りだったけれど、すべてが新鮮なプロセス。最初のサンプルは、ジンさんがプラスチックの塊をノミで手彫した。木を彫るその手で「プラスチックをDIYする」。それは、素材が変わっても精神が変わらないという証のよう。そこから3Dプリンターで形を探り、最終的に量産用の金型が完成する。BEAMS JAPANでシグニチャーのBEAMSオレンジモデルとしてお披露目することができた。耐熱温度の関係で、まずは生分解性を持たないバイオプラスチックを採用することになったけれど、これからも変化していく。同時に編集者としてjincupの書籍『WE ARE FAMILY』も制作した。プロダクトと編集。それぞれの軸が交差点のように重なった。
ちなみに、木彫りのjincupとプラスチックのjincupとでは、持ち手の角度が少しだけ違う。木で作る場合は、木の取り都合で無駄が出ないよう、持ち手を垂直にしている。けれど、型を使うプラスチックバージョンでは、素材に無駄が出ない分、角度は自由に決められる。そのおかげで、ジンさんが「理想」と考えながらこれまでは実現できなかった、より自然に手に馴染む形に近づけることができた。そのディテールの細やかな調整から生まれたかっこよさが、じつは密かに気に入っているポイントだったりする。
(第3回へ続く)
Author: 大澤佑介_編集制作。1979年、大阪府出身。クリエイティブプロダクションRCKT/Rocket Company*に在籍しながら、プロダクトサステナビリティを標榜するanew inc.に参画。IG: crawford_high, anew_inc, rckt_rocketcompany