南仏のカゴ祭り、 初の現地集合の旅
2017年、友人の誘いにのってヨーロッパへ。プロヴァンス地方の村ヴァラブレーグで開催されるカゴ祭りに心をひかれ、好奇心と大きなスーツケースとともに飛行機に乗った。冒険のような道中。見たことのない風景。「一日中、かわいいって言っていました」と教えてくれた、黒田トモコさんの旅。
Text_Subaru Kawachi. Photo_from Tomoko Kuroda’s camera roll
:カゴ祭りの展示販売場で出合ったという、ミニチュアのカゴ2つ。手のひらにのるほどのサイズだというのにとても精巧に編まれていて、ちょっとしたため息もの。
噂で聞いていた、夢のようなお祭を見たくて
多種多彩なカゴと、伝統的なコスチューム姿の地元の人々。絵本の中の風景のようなスナップ写真の数々を眺めながら、黒田さんはこの旅の記憶を辿ってくれた。南仏のカゴ祭りについて教えてくれたのは、黒田さんの友人でスタイリストの鍵山奈美さん。話を聞いて「行ったことのないところへ行ってみたい」と、旅の誘いに乗ったそうだ。
フランス南部のアヴィニヨン駅から、タクシーで30〜40分ほどというところにあるヴァラブレーグ。フランスきってのカゴの産地と言われているが、その生産規模は縮小の一途をたどっているという。この祭には、そうした土地の産業を盛り上げる意図があるようだ。また、同じようにカゴ産業が衰退しているフランス国内のほかの地域からも、職人たちが参加しているらしい。
「現地に着いてお祭を見て、もう“カワイイ”のひと言。こんなに素敵なお祭があるんだということに感動していました。その土地の人々の服装もかわいいし、カゴもかわいい。カゴは用途によってさまざまな形があって、現地にはミュージアムまでありました。でも、作り手さんがどんどん減っているみたいで。フィヨンセと呼ばれる蓋がついているバッグのようなカゴなどは、作り手さんが本当に減っているとも聞きました。このカゴは婚約時に男性が女性へレースや宝石を詰めて贈ったと言われています。レザーなどの婦人用バッグが生産される前は、籐で編まれたカゴを用いるのが一般的だったと聞きました」
20代の数年をイギリスで暮らし、ブランドのプレス担当の仕事をしていた頃にはパリへ年に数回渡っていた黒田さん。それでも、どんな国でも地方都市へ行くのは勝手が違うものだ。そして曰く、「私、旅慣れてなんて全然いなくって」
「この時は奈美さんが別の都市も回ってから現地に入る予定だということで、じゃあ現地集合に、ということになりました。いつも海外へ行く時には、たいてい夫や友人、仕事の同僚などが同行していたから、現地まで単独という経験はなかったんです。だからこの時は、私にとってもかなりイレギュラーな体験だったといえます」
東京からまずはパリに入り、ちょっとロンドンに足を伸ばしたあと、列車でアヴィニヨンへ向かった。
「アヴィニョンへはパリのリヨン駅から行くのですが、出発のギリギリまで乗り場ホームが何番なのかがアナウンスされず。ようやくアナウンスされたと思ったら、それまで待っていた大勢の人たちがいっせいに走りだすんです! 老若男女、犬も一緒に。いつも荷物が多くなりがちな私も特大スーツケースを引きずりながら猛ダッシュ! 必死の思いで列車に乗って、荷物置き場にスーツケースを置くと、今度はその上にドカドカと他人のスーツケースが積み上げられていく。その様子に呆然としてしまいました。列車の中でも途中下車するプレッシャーで『ひとりでどうやって荷物を引っ張り出せばいいんだろう…』と、車窓の景色を楽しむ余裕もなく途方に暮れていました。結局親切なムッシュが手助けしてくれて無事アヴィニョン駅で降りることができたのですが…。日本だったらあり得ないこのドタバタにずっと緊張していました」
「そうやって辿り着いて、現地でみんなに合流できてこの旅が始まって。それでこんなに素敵な光景を見ることができた。ひとつだけ“こうすれば良かったな”ということがあるとすれば、ワンピースを着て行きたかったですね。現地の女性のほとんどがワンピース姿でしたから。南仏の陽の光によく似合っていて、とても素敵だったんですよね」
勢いづいてバスク地方へ。ローカルなお祭りをもうひとつ
南仏を満喫した彼女たちは、昼間の感激が覚めやらぬままにもう1都市、バスク地方へ足を運ぶことにした。アヴィニヨンから深夜バスに乗り込み、バックパッカーに混じって目指したのは、スペインのサン・セバスチャン(「これも結構ドキドキな道のりで、緊張感がありました…」と黒田さん)。
3日間滞在し、ここでも地元のお祭りを満喫。巨大な人形がいくつも登場するこの祭りはセマナ・グランデといって、サンセバスチャンの夏の風物詩だそうだ。バスクの郷土色豊かな伝統文化に触れ、そしてまたカゴとの遭遇。
「フランスのカゴ、スペインのカゴと、その地方によって形や素材が違うんだな、なんて思いながら眺めていました 。フランスでは柳のカゴを目にしましたが、サン・セバスチャンでは栗が素材に。そして、そこから車で30分弱のフランスのバスク、サン・ジャン・ドゥ・リュズで見たカゴは、やっぱり柳だったんです」
日常生活の一部となって働くカゴ、機能的な手仕事
この旅では、カゴが実際に人々の暮らしの道具として活躍する光景もあちこちで目にしたという。
「カゴに洗濯物が入っていたり、農産物や花を運んだり。それに、マルシェではたくさんの人たちが、買い物のために手に持っていて。女性も男性も、おばあさんもおじいさんも。色々な形のカゴを目にしました」
「フランスでは本当に、カゴは特別なものではなくて、日々の営みの中に溶け込んだ実用的な道具なんだなと感じました」
黒田さんから聞かせてもらった話は、まるで大人の冒険みたいだった。郷土色豊かな田舎の街への旅は、大都市を旅するのとはまた違う。英語もあまり通じず、交通の便も良いとは言えない、勝手もよくわからない…というドキドキ感はすごいけれど、その分だけまだ知らない景色が溢れている。
そういえば、先日ニューヨーク・タイムズ紙がおすすめする旅先リスト「52 Place to Go in2023」に、岩手の盛岡が2位にランクインし話題になっていた。「なぜ盛岡なのか?」ということで注目を集めていたようだが、黒田さんの話を聞くうちにその理由みたいなものが自分なりにちょっと見えた気がした。
現地に行くまでは分かりえなかったことに出合う意義が、より深まっているんじゃないか? スマートフォンひとつあれば、それを介して世界各地の情報がライブに流れてくる世界だからこそ。黒田さんがこの旅で出合ったカゴをとりまく背景は、まさにそういったことだろう。暮らしに馴染んだ手仕事がどんなふうに生み出され、どんなふうに人々と関わり合ってきたのか。そして、そこでどんなストーリーが紡がれてきたのか。それを目で見て肌で感じた体験もまた、黒田さんにとって愛着のある記憶になっているのではないだろうか。
それにしても、カゴはなぜこんなに人の心をとらえるのだろう? 素朴なのに細やかで、表情豊か。そこにあるだけで何か語りかけてくるようだ。 こんなに引力のある道具も、なかなか珍しいと思う。
黒田トモコ_ press room alice daisy rose主宰。「TOWAVASE」や「MAISON RUBUS.」などのブランドのほか、イギリスのビーガンフレグランスキャンドル「LO」のセールスとPRを担当している。 IG:kuraramountain alicedaisyrose.com
Author: 河内すばる_インタビュアー/ライター。2013年より雑誌やウェブメディアを中心にタレント、アスリートのインタビュー記事を手掛ける。ネットで記事をお探しいただく際には、「SUBARU KAWACHI INTERVIEW」をキーワードにご検索ください。でないと主に自動車のスバルさんの情報がヒットします。