少林寺アサコの受難
最近アサコさんは、ティーポットを金継ぎしたらしい。どんなティーポットだと思う？ それが、聞いて驚くなかれ、スティーブハリソンのだって。どうして割っちゃったの…って聞いたら、猫だって。
By_Thousands. Photo_from Asako Shorinji’s camera roll.
：猫はくつろいでいると長く伸びる。もともとこのキャビネットの上には、スティーブ・ハリソンのポットや二階堂明弘さんの抹茶碗を飾っていたが、それも今は昔。こうして猫が占拠しているのが自然となった。平均以上の処理能力と、バカみたいな展開にも動じずに対処するというレジリエンスを持っているにも関わらず、アサコさんはとにかく面倒くさがりだ。美味しいレストランが周りにたくさんあるエリアに住んでいながら、食事は玄関先でデリバリーを待つというレベル。「何もしたくない」と言っているのを、何度聞いたことか。
そんなアサコさんではあるが、器が好きなようで、いろんな作家のことを知っている。金継ぎ教室にも、通ったりしている。自宅のキャビネットの上にはお気に入りの器を並べていたこともあったとか。スティーブ・ハリソンのポットをイギリス出張の際に買ったと、だいぶ前に聞いたことがあったな……。
「ああ、そのポット、割っちゃったんですよ」
「え！」（驚く筆者。驚いて当然だ）
「ちょっと、猫と」
「猫と！？！？」
いったい、何があったというのか。
：修復完了したティーポット。注ぎ口の先のほうは銀色の、持ち手の根元は藍色の継ぎ目になっている。アサコさんの頑張りに注目したい。
そう、アサコさんの家には猫がいる。やたら口数が多くてしょっちゅう話しかけてくる、元気な猫だ。アサコさんの性分に合ってない気すらする、元気な猫だ。
この猫はウニといって、もうすぐ5歳になる雄猫だ。生まれてまもなくアサコさんのところへきたという。家ではかなり自由にやっているらしく、壊れたものもティーポットのみならず。花瓶をすでに4つか5つは割っているらしい。
「花にじゃれるんですよね。一度なんかは、大ぶりの枝ものを入れた花瓶を床に置いていたら、ウニが木登りしようとして。花瓶は見事に割れて2リットルくらいの水が辺り一面にこぼれましたね〜」
あっけらかんとした調子で、アサコさんは教えてくれた。
「そういえば、ヴァレリア・ヴァッシの花瓶って素敵ですよね。ちょっと前に、スペインからわざわざ取り寄せたんです。だけどよく考えたら、いちばん危険なんですよね、ガラスで細長いデザインなんだから。もう絶対ウニに割られるヤツ。だから使う時はいろいろ考えないと」
子供の頃から長年いろんな猫が身近にいたというアサコさん。都内で暮らしてしばらくして、「猫が欲しくて、猫がまだいないのに猫OKのマンションを借りた」ということになったらしい。猫の発情期のサイクルから逆算して、人づてに探し始めた。「猫は買うものじゃないから。購入する気はさらさらなかったんですよ」
知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの……という、ずいぶん遠いところでご縁が繋がり、晴れてウニは少林寺家に。「子猫はウニ含めて4匹いたけど、ホントどれでもよくて。余ったのでよかったんです。柄とか性格とか、何でもよくて」とアサコさんは笑う。どんな性格の子でもやっていける自信があったんだという。
懐が深すぎて、何だか逆にテキトーな感じにすら聞こえるのだが。
：アサコさん勤務中のよくある風景。ウニはかなりのアテンションテイカー気質の猫のようだ。家の中でのウニは相当自由にやっているようで、仕事をしている間も話しかけてくるし、時々オンライン会議にも顔を出したりするらしい。アサコさんの仕事はほぼほぼリモート体制になったとはいえ、編集者の仕事は相変わらず目まぐるしい。次々に届くメールを打ち返しながら、原稿の催促、打ち合わせのスケジュール設定、他部署とのあれこれをさばいていく。だけどウニにはそんなこと関係ない。今日も机にのぼって服を爪で引っ張って話しかける。
「考えてみれば、私よりもウニのほうが家に長くいるんですよね。だから、私がウニの家に住まわせてもらっているっていう認識を持たれても仕方ないなって。だってそれが事実だし」
東京都心で家賃も払わず自由を謳歌する、贅沢なウニの毎日。それを横目に、アサコさんは仕事をひと休みしてお茶を淹れる。スティーブ・ハリソンのあのティーポットで。日常のあちこちで生まれる受難もまるごとひっくるめて、なんだか楽しくてハッピーな結末になる。それが猫との暮らし、猫の魅力のなせる技ってことなんだろう。
少林寺アサコ＿編集者。ファッション誌で働いて、この道もうすぐ20年。仕事をバリバリやりながら、F1、音楽、その他いろいろ。多彩な趣味の持ち主でもある。
ウニ＿猫。2018年、埼玉県出身。4匹きょうだいの中から、アサコさんによって適当に選ばれて、現在都心暮らし。IG: uniuniuni2018
